【2017年6月号】難癖をつけてくる社員に振り回されないための解雇トラブル防止マニュアル -前編-
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■トラブル発生の構造
1.解雇が認められる明確な法的基準がない
最近、解雇した社員からのイチャモン、いわゆる難癖や言い掛かりに悩む経営者が増えているという実感が私にはあります。企業自身がトラブル発生のメカニズムを正しく認識した上で、未然に防止し損害を最小化するための対策を、リスク管理という意味合いで備えておく必要があるといえます。
さて、トラブル発生の根本原因は、解雇が認められる明確な法的基準がないことです。
唯一存在するのは、労働契約法第16条の「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を乱用したものとして無効とする」という考え方のみ。
法を犯した場合など、明らかに就業規則や社則に違反して誰が見ても解雇されて当然だねというような事案でない限り、解雇権の乱用を疑われてしまうのです。
2.こんな理由で解雇した時にイチャモン社員が現れやすい!
難癖をつけられやすい解雇理由として次の4つが考えられます。
①能力不足であることを理由とした解雇
②勤務態度が不良であることを理由とした解雇
③職場の規律を乱したことを理由とした解雇
④精神的に問題があることを理由とした解雇
例えば①の理由で、「君は会社側が期待していた仕事をこなせていない」と主張しても、「一生懸命努力をしているのに、それはないでしょ!」という言い分が返ってきます。②や③にしても「AさんやBさんも同じことをしているのに、ナゼ私だけ?」と主張してくるのです。
3.きちんとしたやり方で解雇をしてもイチャモンはつけられる
解雇トラブルというと昔は、一方的な解雇の言い渡しや「お前なんかクビだ!」と喧嘩腰的な言い渡しで解雇をした時が多かったようですが、今は違います。きちんと予め書面(解雇通知書など)を通じて申し渡し、本人も納得したはずだと思っていても、解雇した後で言い掛かりをつけてきます。それで振り回されるから、厄介なのです。
■どのようなやり方で言い掛かりをつけてくるのか
具体的にどのような形で言い掛かりをつけてくるのでしょうか。最近ではメール(資料1)、内容証明郵便(資料2)、弁護士からの文章(資料3)を送りつけてくるやり方が増えています。特に弁護士からの文章が多いようです。社内に顧問弁護士がいたり、法務部門があるならまだいいですが、いきなり弁護士からこんな文章が届いて、裁判うんぬんなんて書いてあったら驚いてしまいます。厄介なことを避けようと、つい高額な和解金を支払ってしまった――。実はこれがとても多いことを知っておいてください。
■イチャモンをつけてくる目的とは?
イチャモンをつけてくる目的は基本的に次の3つです。「お金が欲しい」、「嫌がらせをしたい」、「辞めたくない」。
最も多い理由は「お金が欲しい」。法的には整備されていませんが、和解という形で会社が解決金を支払うことでトラブルを収束させる事案が増加しています(解決金の支払い事例集)。
「嫌がらせをしたい」の場合は、もともと会社に対して何らかの不満を抱いていた人が解雇されたことを理由に不満を一気に爆発させたり、思い込みの激しいタイプの人が怒りに任せて騒ぎ立てたりします。このケースでは事実と反することを理由に言い掛かりをつけてくることも多いです。
「辞めたくない」場合は、過激な行動を取ることは少ないですが、同僚を巻き込むことがあるので注意してください。同僚に「この人に辞められると困ります……」などと言わせるわけです。
■イチャモン社員が増殖してしまう理由
1.インターネットやSNSの普及
手軽に情報を入手できるインターネットやSNSの普及により、見ず知らずの第三者と交流を図ることができます。インターネット上の情報は、いい加減な内容も多いのですが、解雇に納得のいかない社員は、自分にとって有利で都合のよい情報だけを選りすぐり、会社をやり込めるイメージを膨らませるのです。
2.解決金の魅力に取りつかれた支援者たちの存在
解決金の中から報酬を得ることのできる弁護士や特定社会保険労務士の存在がここのところ目立ちます。法の専門家ですから、あの手この手で企業を追い詰める策をイチャモン社員に授け、煽ります。また、社外の労働組合も無視できません。一人でも自由に加入できる労働組合は実績をアピールして組織率を高めることと、成功報酬を通じて組合の運営資金を確保するという目的で、イチャモン社員と共に、企業に乗り込んで交渉を要求してきます。
3.争うことに関するハードルが下がった
昔は、労働問題を巡る争い事の決着をつける手段としては裁判を起こすしか方法がありませんでした。それが今では、裁判以外にもいくつかの解決方法があります。
例えば「総合労働相談コーナー」です。労働基準局や労働基準監督署内にあり、双方の言い分を聞いた上で、あっせん案を提示(原則一日で終了、費用は不要)してくれます。
もう一つは「労働審判」。地方裁判所が申し立てを受け付け、争いが生じた事情や当事者たちの言い分を確認したうえで、調停案を提示(解決までの期間は2カ月程度、費用は低額)してくれます。
こうしたあっせんや調停で決着しない場合は、裁判へ移行となってしまいます。
■トラブルに振り回されることで生じる損害
1.金銭的な損害
イチャモン社員が弁護士を連れてくれば、企業側も弁護士に頼らざるをえません。となると弁護士費用が発生します。具体的には、30分間で5千円の相談料とか、着手金として数十万円などといった負担です。
解決金だけではなく、未払い賃金を支払うことになるケースもあります。解雇が有効に成立していなかった期間に関して、本来労務を提供することで得られたはずの賃金を得られなかったという主張によるものです。
そして、最大の金銭的な損害は、時間の逸失です。これは意識しないことが多いのですが、経営者や幹部社員がトラブルに対応し、振り回されることでの逸失時間から換算される金銭はばかにできません(資料4)。
2.その他の損害
残された社員に与える影響も考えねばなりません。イチャモン社員が残された社員に対してあることないことを吹き込む場合も多く、不安が生じ、それにより士気が低下したりします。そして、その不安が会社に対する疑問へと変化し、生産性の低下や予期せぬ離職につながることも。これは企業にとって大きな損害といえるでしょう。
さらに会社の信用失墜という損害も見逃せません。インターネットやSNSを通じた情報の拡散で、ブラック企業のイメージが出来上がってしまえば、取引先からの信用低下、採用への弊害にもつながります。
このようなことを認識しておくことは会社を守るためにも大切です。次回はこうしたトラブルを未然に防ぐ予防対策について考えてみたいと思います。
〈解決金の支払い事例集〉
■無断欠勤を理由に解雇した従業員に対して、会社が解決金360万円を支払った
■顧客とのトラブルを理由に解雇した従業員に対して、会社が解決金300万円を支払った
■職場の規律を乱したことを理由に解雇した従業員に対して、会社が解決金250万円を支払った
■能力不足を理由に解雇した従業員に対して、会社が解決金180万円を支払った
■人事異動に従わないことを理由に解雇した従業員に対して、会社が解決金150万円を支払った
■ノルマ未達成を理由に解雇した従業員に対して、会社が解決金130万円を支払った
■協調性に欠けることを理由に解雇した従業員に対して、会社が解決金50万円を支払った
■セクハラを理由に解雇した従業員に対して、会社が解決金45万円を支払った
■契約更新を拒否した従業員に対して、会社が解決金30万円を支払った
■いじめを理由に解雇した従業員に対して、会社が解決金25万円を支払った