エスカイヤクラブ
会員様専用ページ

ビジネスアイ

Member deals

【2015年9月号】 当たり前だと思っているその「常識」が、成長を阻む壁になっている

ニュース

ビジネスの世界にも「経営とはこうあるべきだ」という「常識」があります。実はその「常識」の多くが単なる思い込みや錯覚にしか過ぎないものと経営コンサルタントの大庭真一郎氏は指摘します。そんな常識が「壁」となって会社の成長を阻むこともあるとか。今回は弊害を生み出している会社の社長が思い込んでいる「常識」を取り上げ、経営上の壁となるものを探ってみましょう。

 

経営全般に関する常識の壁

「社長の苦しみは社長にしかわからない」という思い込み

最近の経営者は真面目な方が多く、それ故に「経営とはこういうものだ」という思い込みが激しい一面があります。そうした当たり前、思い込みがいつしか「常識の壁」となって、企業の成長を邪魔していることが多々あるように見受けられます。

中でも特に社長自身を苦しめているものが「社長という仕事は孤独だ」と思い込んでいる常識の壁です。

社長には、日々重い決断を下さなければならないというプレッシャーがあります。最終決定者としての責任があり、もし間違えたら従業員の生活や取引先にも影響を与えてしまうことに…。そんな気持ちや苦しみは、同じ状況に置かれている人にしかわからないと思い込んでいませんか?

そのような思いを持ち続けていると、社長が何もかも重荷を抱えて、社長自身のパワーを減退させてしまいます。

そのこと以上に大きな問題は、社長の「しょせん、従業員に私の気持ちなどわかるはずがない」という心の持ちようが、社長自身が従業員の気持ちをわかろうとしなくなることです。従業員の気持ちがわからないことに悩む社長は多いのですが、社長自らがわからなくする壁を作っていることになります。

すべてでなくても、一部だけでもわかってもらえればいいのです。会議のときに「ここは悩んだよ。寝ずに考えた」と言えば勘のいい従業員は察してくれますし、従業員が社長目線で物事を考えてくれるかもしれません。ただし、お酒の席で言うのは避けましょう。ただの愚痴に聞こえてしまいますから。

「計画のゴールは数値目標」という思い込み

会社全体の計画を作るのは社長の仕事であり、現在の会社の状況や今後の方向性、戦略、将来のゴールイメージなどを可視化した計画を考えます。これは社長自身の考えを整理するためにも必要ですし、周囲の人間に社長自身の考えを伝えるためにも必要です。

そのことに関して計画書には、計画を見る側もゴール地点の数字に着目するはずだという意識に基づいて、数字を置くことに全力を注ごうとする「常識の壁」が生まれてしまうことがあります。ゴールの数字を書き込んで満足してしまうのです。

計画書の数字は、筋書き通りに事が運んだときに予測(期待)できる数値結果を表しただけ。筋書き通りに事を運ぶための根拠、プロセスがしっかりしていないと、単なる希望的観測で終わってしまいます。計画はプロセスありきで、「そのためにどうするのか」が一番重要なのです。極端な話、目標の数値はなくてもいい。大手企業でも計画がうまくいかない原因がこの常識の壁であることが多いようです。プロセスに整合性がないのです。

「今までの尺度で物事を考えてみる」という思い込み

社長は、常にもっと受注を増やすためにはどうすればよいのか、新しい取引先を作るためにはどうすればよいのかを考え、行動しています。しかし、ここでも「常識の壁」、思い込みが結果を阻んでいることがあります。その「常識の壁」とは、今までの取引の形イコール今後の取引の形だと思い込んでいることです。

今までのような形でモノやサービスをお客様に提供してきた、だから今後も今までの取引の形を前提に考えるべきだという思い込みが生まれます。

これまでの取引の形は今までの環境が生み出した形態であり、今後の取引の形は今後の環境にマッチしたものがベストという認識が大切です。

従来の取引の形に固執したままだと、環境の変化についていけなくなり、世の中のニーズにマッチしたモノやサービスをたとえ持っていたとしても、必要としている人のもとに届けることができなくなってしまいます。今までのことは今までのこと、今後のことは今後のこととして、頭の中を常にクリアーにして考えることが必要でしょう。

「組織や肩書は必要」という思い込み

多くの方が「組織と肩書きはいらない」と聞くと驚かれますが、これも弊害を生み出すことがあるのです。

まず組織の弊害とは、ヒトに仕事を付けることから生まれます。いわゆるAさんがいないと仕事が回らないという状況です。Aさんは自分しかいないから休みたくても休めないし、もしAさんが辞めたら全体の業務がガタガタになります。そうした状況が無理をすることにつながっていくわけです。

大切なのは仕事にヒトを付けること。すなわち誰もがその仕事をできるような状態にすることです。今必要な仕事に全員が集中して取り掛かれることにより、生産性が高まります。そうなれば休むことに気を使うこともなくなり、退職者が出たときの引き継ぎもスムーズに運ぶはずです。

次に肩書きについてですが、役割と権限を明らかにするという意味では必要な面もありますが、組織を硬直化する弊害があります。肩書きがあるがゆえに、情報の伝達や物事を決めるのに時間がかかってしまうことです。

例えば決済をもらうのに何人もの承認が必要となれば、それに時間がかかり、後手を踏み、タイミングを逸してしまい、ライバル社に一歩先んじられてしまうことにもなりかねません。中小企業の強みはスピーディーな意志決定にあります。

規模の小さな会社の場合は、組織や肩書ありきの発想から抜け出してみてもよいのではないでしょうか。

 

取引に関する常識の壁

「営業を強化すればモノは売れる」という思い込み

経験豊富な営業マンを採用したのに期待外れだった…。という声をよく耳にします。「営業を強化すればモノは売れるはずだ」というのもよくある常識の壁です。

自社でしかそのモノやサービスを提供していないのであれば、営業の人員を増やせば売れますが、現実は、競争相手はたくさんいます。買う側にしても、比較した上で、一番満足のいくモノを買います。

つまり、営業の頭数を増やすことが売上を増やすことに直結しないのです。大切なのは営業の頭数にこだわる前に、自社のモノやサービスの中身にこだわることです。競争相手と比較して、特徴や優れている部分がはっきりしているのか。その特徴がフィットするお客様の層をきちんと摑んでいるのか。こうしたことに注力すべきなのです。

また、営業トークの上手な営業マンを増やせば売上の増加が見込めるというのも同じ。魅力的な商品やサービスがあり、魅力を魅力だと感じてくれる相手がはっきりしている状態なら、コミュニケーション能力の高い営業マンが、お客様に求めていたモノだと気づいてもらえる営業を行えば、売上が上がるのです。

「取引してもらっている側が弱い立場なのは当たり前」という思い込み

景気は回復傾向にあるのに、取引の現場では先方からの値下げ要求が相変わらず日常茶飯事のようにあります。価格以外にも、納期を早めろとか、+αで何かサービスしろとか、取引先はいろんな要求を突き付けてきて、徐々にエスカレートしていきます。そしてその都度、先方の顔色を覗い、無理難題に頭を悩ませ、挙句の果てに「やむを得ない」の一言で要求を飲んでしまう…。この姿にも、常識の壁である「取引してもらっている側が弱い立場なのだ」という思い込みが立ちはだかっているのです。

本来、取引に強い弱いはありません。求められるモノやサービスを提供する側があり、求める側が決められた対価を支払って手に入れることが取引です。そこには相互が対等な立場で補完しあっているという図式しかありません。

しかし現実は、競争相手がたくさんいる土俵の上で頭を下げまくり、こびへつらいながら買ってもらっている。こんなスタイルをとっている限り、取引してもらっている側が弱い立場だという感覚から抜け出すことはできません。

この悪循環から抜け出すためには、競争相手が少ない土俵はどこなのかを見つけることと、求める側が真に満足するモノは何なのかということを常に探究することです。

 

ヒトに関する常識の壁

「人事はカネを生まない」という思い込み

一般の中小企業には、単独の部署としての人事部はめったに存在しません。人事という仕事は、カネを生まないからヒトを配置するなんてもったいない。そんなところに配置できるヒトがいるのであれば営業や現場に回すべきだという考え方が常識の壁といえます。

人事は、手続き仕事だけを行う分にはカネは生みませんが、それは人事の仕事の一部にしか過ぎません。本来の人事の仕事は、人材の確保、底上げ、定着を図ることにあります。

これを軽く見ていると、費用をかけて確保した人材が、能力を発揮しきれないまま居続けることで固定的な人件費が増え続け、希望を失った人材は退職し、再び費用をかけて人材を確保するものの、生かし切れず、人材が入れ替わるという悪循環が生じてしまいます。

この悪循環がなくなれば、カネを生まない人材に払う人件費や繰り返し生じる募集・採用の費用が発生しなくなるという意味でカネを生み出します。そして生産性が高まることにより売上や利益が増えるという意味でもカネを生み出すことにつながるといえるでしょう。

専従者を置くのかどうかは別にして、限られた人数で事業を行う中小企業こそ、人材の確保、底上げ、定着を徹底することに時間を割くべきなのです。

「残業があるのは当たり前」という思い込み

残業についてですが、従業員が残業するのは当たり前だという常識があります。このような常識のもとで残業をしている従業員は仕事ができる、ヤル気があると錯覚しているのです。

残業はすればするほど収益性が低下します。人件費が割高になるからです。しかも長時間労働になるほど能率が下がり、慢性的な長時間労働は疲弊を生み、生産性や士気の低下という結果をもたらします。ビジネスマンがアフターファイブを楽しめない状況は、会社の成長を阻んでいるともいえるわけです。

全員が仕事の無駄を省き、効率よく仕事を進め、それでも定時を過ぎてもその日のうちに必ずやらなければならない仕事が存在するのであれば、会社は儲かっていることになります。ならば社長は従業員の負担を減らすためにヒトの補充を考えるべきです。

習慣的に残業をしているのであれば、仕事に関する無駄の排除や効率性、優先順位などを徹底する必要があるでしょう。

「頑張っているヤツを評価すべし」という思い込み

やってもやらなくても一緒では従業員の士気が下がるので、人事評価は必要です。そんな中、頑張っている人を無意識のうちに高く評価してしまうという常識の壁を作ってしまいがちになります。

給料を貰いながら働いているのであれば、頑張るのは当たり前。大切なのはそこから先で、評価するのはいかに結果を生み出せたのか、いかに能力を高められたのか、創意工夫した跡がどの程度見られるのか、という部分です。

そこをおざなりにしてしまうと、結果に関係なく毎晩遅くまで勤務している人が頑張っているように見えて高く評価されてしまいます。そうなると、評価に対する公平性が失われ、頑張り続ける従業員が結果を出せないまま疲弊し離脱することにもつながります。頑張っている従業員が結果を出せるようにアシストしてあげることも重要なのです。

「教育機会を与えればヒトは成長する」という思い込み

一般の中小企業における社長の従業員への教育に対する意識は高いです。反面、費用をかけて教育したのに、特に何かが変わったわけではないという声が多く聞かれます。これは、教育機会を与えればヒトは成長するはずだという思い込みが原因です。

時間を割いて教え込んだら、あるいは著名な講師の話を聞く機会を与えれば、たちまちのうちに従業員の行動が変わってくるのではないかという期待と錯覚があるのです。

教育を受けたことにより頭の中の発想は広がったかもしれませんが、そのことと仕事をする上で行動を変えられることとは次元が異なります。新しく得た知識やノウハウをどのように行動に生かせばよいのかがわからずにいる従業員が大半なのです。

教育を受けさせた後に、日常の仕事で教育の成果をどのように生かしていくか、ということをきちんと考えた上で教育機会を与えることが必要です。

 

金銭に関する常識の壁

「借入金があるのが当たり前」という思い込み

借入金というと暗いイメージが付きまといますが、個人的な借金とは意味合いの異なる部分もあります。

新しい取引を始めるときや投資をするときなど、手持ちの資金では全額賄えないけれども、近い将来、投入する資金を上回るお金が回収できると判断した場合に、手持ち資金の不足する部分を借りるのは、前向きな対応といえます。

ところが現実は、銀行からの資金調達と返済が日常的になることで、常に借入金の残高が存在している状態に置かれてしまい、借入金があるのが当たり前という感覚に陥ってしまうケースが多いのです。「お金が足りなくなるから」という理由だけで安易に借り入れしてしまうことも多いようです。

事業で生み出した利益を今後に向けて投資し、それにより次の利益を生み出すという本来の経営の姿に近づくためにも、借入金があるのが当たり前という感覚から脱することが必要。それには借り入れる前に将来に向けた資金計画というものをしっかりと考えておくことが必要です。

「決算書は従業員に見せるものではない」という思い込み

一般的に、社長は、従業員に決算書を見せることを嫌い、隠そうとします。それは、役員報酬の金額を知られることで従業員の間に不満が生じるのではないか、損失金額や借入金残高が大きいことを知られることで従業員の間に不安が生じるのではないかが理由として考えられるでしょう。

しかし、隠すことで、かえって従業員はマイナスの方向に推測してしまいます。会社が儲かっているときであれば、社長を中心とした一部の人たちだけが美味しい思いをしているのではないか。また、会社が苦しいときであれば、うちの会社はもうじき潰れてしまうのではないか、そのことが原因で会社に対する不信感や士気の低下を招いてしまうこともあるのです。

情報は極力オープンにして従業員との間で共有したほうが上手くいくもの。儲けが出たのであれば、儲けの使い道を説明し、社長が多く取るのは私利私欲ではなく、銀行からの信用を高めるためなのだと説明すればいいのです。会社が苦しいときも、やれるのだと自信を持って口にし、改善していくための考え方を説明しましょう。

透明性を高めることで、従業員の発想もポジティブなものへと変わっていきます。従業員との間で会社の状況を認識しあった上で、今後の方向性について理解しあうための手段として「決算書を見せる」と考えてもよいのではないでしょうか。